2000年11月5日、毎日新聞朝刊1面トップで日本中の古代史フアンに留まらず社会的にセンセーショナルを巻き起こした「旧石器発掘ねつ造」事件が報じられた。
記事には、
東北旧石器文化研究所の藤村新一副理事長(当時)による同年の宮城県築館町・上高森遺跡、北海道新十津川町・総進不動坂遺跡出土の前期旧石器(10数万年以前)は、別の遺跡の石器を埋めて「発見」劇を自作自演して「ねつ造」と判明と記されていた。
その後、文化庁・日本考古学協会によって検証調査が進められ、さらに2001年9月に藤村氏本人から多くの関係遺跡でのねつ造を同協会に認めた。これをもって日本考古学は、前期旧石器研究を白紙の状態から再出発しなければならなくなった。
一連の報道の中で、ねつ造の問題とされたのは、
① 藤村氏自身の学問に対する姿勢
② 日本考古学の体質
③ 埋蔵文化財行政の体制
以上3点でその指摘内容は、
① 藤村氏自身の功名心
② 調査の検証機能が整っていない
③ 市民に広く埋蔵文化財が認知されていない
とそれぞれ総括され今日に至った。
ここで報道に対していくつかの疑問を挙げてみる。藤村氏がどうしてここまでねつ造を仕掛けなければならなかったのかを考古学の調査研究体制の杜撰さと個人の資質の問題として捉えている。
だが、考古学の歴史とマスコミの関係及び考古学の置かれた社会背景についてはほとんど触れられていない。ワイドーショー的な物事の表面だけを扱って興味本位の即物的な表現・取材に終始するマスコミ。その極みが、週刊文春による地方私立大の教授を死に追いやった。
そもそも藤村氏がなぜ何十年もかけてねつ造を自作自演しなければならなかったのか。その動機にこそ、事件の本質が隠されているのではないのか。現在の社会が抱える様々な問題は、この事件に凝縮されているように思えてならない。
まず、藤村氏についてこれまでの経過を踏まえて整理してみよう。
Submit your comment!