もしスクーリングパッドのクルーや若い日本のデザイナーを連れてきたらどうだろうか。彼らは先ず何を買ったらいいのですか?と聞いてくるだろう。古本やレコードでさえも買い慣れていない人が多い。何かする前にどうすれば正解なんだろうと考えてから物事を始めるくせがついている。先ず直感や自分の今迄の趣味から買ってみてそれからそれに対して分析しコメントして判断すると言う事はあまりしない。
ふとボクはスクーリングパッドで日々僕らが求めていたものは、考えてから歩くよりも、先ず一歩歩き始めて考えようよという事なんだなと思った。
今、世界で活躍しているデザイナーやクリエイターのほぼ全ては、学校での教育と別の自己教育をしている、この自己を教育する事がスクーリングであり、そのきっかけがぼくはみんなに提示したいんだと再認識した。
これができる人は、クリエイティブで今の時代を引っ張ることができているのだろう。だからボクがいくらクルーに学校の教育でない事もとても大切だよと言っても先ず自分で一歩踏み出していない人にとってはあまり意味が分からないのだろう。
一方、エリートとして一流の会社に入ったとしてもどこかが違うぞと思い始めた人も、先ず一歩踏み出したには違いなく、それに対する疑問からが更に一歩踏み出すことができるかに懸かっている。
スクーリングパッドではボクは色々な身近な人と自分を例に出し、自分の恥もさらけ出してやって行く。これもある種の潔さで快感になってきた。
100枚在る中でマチアスが買おうとしたリトグラフは、ボクも同時に手を伸ばしたやつだった。たくさんある中で自分が良いと思うのを同時に良いと思うのは何故だろう。こうした事から友情が感じられる。オタク達の心の通い合いもこうしたものなのかなあと思いつつ。

そして、マチアスとエリック・ホグランの最初の奥さんに会いに行って、一緒に本を作ろうという話になった。ボクのやり方はこうした会話からのインスピレーションから自然に生まれたものが多い。こうした事も自己教育のかたちなのかもしれない。
(Source: KUROTERU BLOG)
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